1984年のある日、ノンストップでPVを流すテレビ番組で偶然、目にした「十七歳の地図」のPV(初期PV集『6 PIECES OF STORY』に収録。『OZAKI・18 THE FIRST APPEARANCE IN TOKYO AT SINJUKU』として発売された同年3月のデビューライヴの映像も、断片的に使用している)。その時に覚えた衝撃は、とても言葉になるものではないが、そのPVで使用された《音》は、このアルバムに収録されているシングル・ヴァージョンと同じものだった(シングル用にヴォーカルを録りなおし、尾崎自身のハーモニー・ヴォーカルも加えられたもの)。そういった事情もあって、個人的に「十七歳の地図」は、こちらの−より力強い歌声が聴ける−ヴァージョンの方が気に入っている(ヒマな時など、アルバム・ヴァージョンと聴き比べてみるのもいいかもしれない)。 それにしても、どう編集し、構成しても、尾崎豊の遺した音楽の全体像は、とてもつかまえきれないような気がしてならない。このアルバムを聴いた印象も、またしかり。これだけで終わることなく、オリジナル・アルバムほか、もともと発表された形でさらに感じ取ってもらうことを、それぞれの《音》と《言葉》たちが欲しているかのようですらある。